自慢の親父

自慢の親父

 

俺の親父は中卒だった。
当時の親父の家庭環境は金銭面で相当な苦労をしていたらしく、親父は家計を助ける為に卒業と同時に工場に就職したのだそうだ。
勤勉な態度の成果もあってか、親父はその工場の責任者にまで昇格し、俺が高校に入学する頃には同業者からも厚い信頼を得る存在にまでになっていた。
しかし、どれだけ努力しても所詮は中卒出の負け組だ。
俺の家系は年に2回、たくさんの親戚が集まるイベントを行うのだが、親父はいつもそこで物笑いの種にされていた。
周りは一流の企業や大学の出身者ばかり、当時の親父の家庭の事情を知らないそいつらは、酒の勢いもあってか親父を小バカにすることで自分達の地位を確信しているように見えた。
親父はもともと口下手な人間だ。周りから嘲笑されてもじっと堪え、彼等の機嫌を損ねないよういつも頭を低くしていた。
俺はその光景が我慢ならなかった。別に親父の経歴を恥じているわけではない。
親父は近所でも評判になる程の人格者だし、野球に少し心得があったから休みの日にもなれば、小さい野球少年達がフォームを教えてくれとせがみに来られるのだ。
誇れる存在だった。偉大な人間だった。自慢の父親だった。でも世間はそれを知らなかった。
本来ならば奥方がやるべき酒や肴の使い走りをさせられている親父の姿を見て、俺は心の中で東大を目指すことを固く誓った。
俺の親戚が入学した大学の中でもっとも高いランクだったのは早稲田大学だった。
東大は日本で1番凄い大学だ。もし、入学できれば親戚中に衝撃が走るに違いない。そうなれば、もう誰も親父のことをバカにできない筈だと俺は考えたのだ。
部活を辞め、バイトを辞め、俺は持てる力を駆使して全力で2年間勉強した。
24時間のうちペンを持たない時間は殆どないようにも思えた。

 

運命の日。
俺は涙を流しながら親父に土下座した。
不合格だった。
僅か6点の差で赤門を潜ることを俺は許されなかった。
泣きじゃくる俺を親父は力強く抱きしめ「お前は良く頑張った。父さんの誇りだ」と言ってくれた。
あれから30年。今でも年に2度行われる親戚の集まりは開かれている。
俺自身はもう随分長いことその集まりに出ていないが、親父は今でも弱った身体を引きずりながらそこへ出席しているらしい。
だが、親父を馬鹿にする奴らはもうそこには一人もいないだろう。
所在無さ気な親戚のエリートどもの前で、親父は盆に乗せた酒を運びながら誇らしくこう言っているはずだ。

 

「ええ。息子がついに社長になったんですよ」

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