私の名前はひとみん。

 

これはいまも住んでいる我家にある通称「朱の間」と呼んでいる部屋での話である。

 

何故「赤の間」と言うかは単純な話で、部屋に真っ赤な絨毯が敷いてあり、

 

日差しが差し込むと、部屋全体がその照り返しで真っ赤に染まるからであった。

 

数年前の真夏のある夜、私はその部屋で窓をあけながら、好きなビデオを観ていた。

 

普段は、クーラーの利いたオーディオルームで涼みながら観るのだが、

 

数日前に頼りのビデオデッキが故障してしまったため、

 

仕方なくクーラーの無い隣室で、借りてきたばかりのレンタルビデオを観る事とした。

 

それは私の大好きな、アクション映画で以前から観たくてたまらなかった作品だった。

 

しかし、何故か観ていてもストーリーが全然頭に入らない。

 

と、言うかまったく映画に集中できないのだ。

 

「暑いせいかな?」

 

初めは、クーラーの無い部屋での暑さが原因かと思った。

 

しかし、今晩はそんなに暑くはない。

 

何気なく私は部屋の中を見渡した…。

 

テレビの中では壮大なアクションが一層の盛り上がりを見せていたが、

 

時間を追うに連れ、私の視線はそこから離れていった。

 

そして、いつしか私の視線は左脇で開け放たれている、窓に注がれていた。

 

と言って窓の外に何かがあるわけでもなく、何の変哲はない。

 

しかし、目線はどうしてもそこを向いてしまうのだ。

 

窓の外は直ぐに、隣の家の壁が迫るいつもの風景だ。

 

それなのに私は何が気になるのかさえもわからなかった。

 

そしてそんな日々が、しばらくつづいた…。

 

ある日、知人で霊感があるという友人が我家に遊びに来た。

 

友人に貸す本を、渡すため私はその部屋に入った。

 

「あっ…。」

 

私の後から入ってきた友人は小さく声を上げると、

 

そのまま立ち止まり開けはなったその部屋の窓を指さした。

 

「ひとみん、ごめん。ここには入れないよ…。」

 

「?」

 

「窓の外から、男が覗いてるんだ…逆さにぶら下がって…」

 

「!?」

 

そして、友人は逃げ出すように部屋を出ていってしまった。

 

後で聞いた話では、男は窓枠に逆さまにぶら下がりながら、

 

隙あらば中に入ろうとしている様子だと言うことだった。

 

「でも、何故か男は入ることが出来ずにいるみたいなんだ…」

 

彼はそう言って帰っていった。

 

しかし私には、彼の言うことを完全には信じ切れなかった。

 

数年後、別の友人が遊びに来ていたときであった。

 

友人は突然「朱の間」の前にたたずむと、こう私に言った。

 

「ひとみん、この部屋の外に男がいるよ…」

 

「えっ?」

 

「逆さにぶら下がって、中に入ってこようとしてる…。」

 

その言葉に私は驚愕した。

 

後日わかった話だが、これは我家の周り自体は余り良い環境ではなく、

 

その辺りを漂っている霊魂のひとつが「朱の間」から我家へ入ってこようとしているのだろうと言うことだった。

 

しかし、私の母親が信心深い人間であったため、日々の読経、家の周りの清めなどを怠っていないため、

 

一種の結界のような役割を果たして、霊魂が入ることを拒んでいるのだと…。

 

私は母親に感謝した。

 

そして今、物置となった「朱の間」は雨戸を堅く閉ざしたまま足を踏み入れる者はない。

 

ただ、年に数回、ここを開けて欲しいとばかりに、

 

閉じた雨戸の内側の窓ガラスの枠が、窓外の者に叩かれているるような音を出す日がある。

 

そして私は隣室でその音を、震えながら聞いている…。

 

 

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