セミの兄さん

 

小学生の頃、近所の公園で毎日遊んでくれたお兄さんがいた。
その人は皆から「セミの兄さん」と呼ばれていて、一緒にサッカーをしたり虫取りをしたり、
どんな遊びにも付き合ってくれた。
自分はその頃都会から転校してきて間もなく、そのお兄さんのことをほとんど知らなかったのだが、遊べば遊ぶほどに不思議な雰囲気をもつ人だなと思った。
すごく物知りだなーと思う時もあれば、え?こんなことも知らないの?と驚くこともあった。
ある年の夏休みに、セミ採り用に改造した3本重ねの虫取り網を使って、そこら中でジージー鳴いてたセミというセミをあっという間に全て捕まえて、
セミの鳴き声でやかましかった場所を嘘のように沈黙させてしまったという武勇伝を聞き、それが彼のあだ名の由来だと知った。
小学生にとってはいつでも遊んでくれる楽しい遊び相手だったが、大人達にはいい年して
仕事もせず大丈夫なのかしら、などと白い目で見られていたので少し複雑な気分になることもあった。

 

ある日、いつもの公園に遊びに行くと、セミの兄さんの周りにたくさんの子供たちが集まっていた。
けいどろや缶蹴り、氷おになどの遊びをするときは10人以上の大人数になることもあるが、
セミの兄さんの周りには明らかに20人近くはおり、その中の半分は近所の友達で、もう半分は見知らぬ顔だった。
どうやら隣町の団地にある山の森に遊びに行くらしく、セミの兄さんが隣町の小学生も集めて皆で行こうということになったようだった。
その当時は学区外への移動については学校であまり注意を受けておらず、自転車さえあれば
10Km程度の移動はさほど問題ではなかった。
その場にいた大部分のメンバーが行くことになり、セミの兄さんを先頭に隣町の団地に出発した。

 

この時、セミの兄さんの自転車をこぐスピードがめちゃくちゃ速くて、うちらは息を切らしながら「やべーよ、何であんなにはえーんだよ」などと言いながら何とかついていった。
うちらが目的地に到着したのはおよそ20分後で、その後さらに5分ほど待つと全員が到着した。
セミの兄さんは皆に向かって大声で言った。
「これから森に入るけど、ここはやばい場所だから絶対に一人で行動しちゃダメだからな!」

 

 

セミの兄さんについてきた連中のほとんどは、この団地の山の「有名な噂」を知っていた。
鬱蒼とした森の中の道を進むと「首なし地蔵」と呼ばれる地蔵がある。
酔っ払ったサラリーマンが地蔵の首を蹴り壊し、その呪いでサラリーマンの一家は火事で全員死んでしまったのだが、
今でもその地蔵の前を通ると、『くびをよこせ、くびをよこせ、くびをよこせ』という不気味な声が聞こえるらしい。
隣町であるうちらの小学校にもその噂は流れてきており、面白半分に女子に話すと大げさに怖がられ、学校の先生や親たちも皆、この噂を知っていた。

 

「ここ、毎日ガッコ行く時に通ってるけど。今までに一回も聞こえたことないぜ、そんな声」
隣町のKという男子がそう言ったものの、やはり皆は興味があるらしく、かく言う自分も「首なし地蔵」が本当にあるのかどうかを自分の目で見て確かめたいと強く思っていた。
今にしてみると、それが間違いだった。

 

セミの兄さんを先頭に、10人以上の大人数で首なし地蔵を目指して森の中を進んでいった。
すでに日が暮れかけており、オレンジ色の夕日が木々の葉っぱの隙間からキラキラと差し込む光景はどこか幻想的でもあった。
道をだいぶ進んだところで、セミの兄さんが突然ぴたりと止まり、うちらに向かってここで待てと制し、「ちょいとションベン」と言ってそのまま道脇の木陰に入ってしまった。

 

 

5分ほどしてから、道脇のほうからガサガサと音がして人影がぬっと現れた。
俺はぎょっとした。
現れたのはセミの兄さんではなく、変な目つきをした小柄な爺さんだったからだ。
その爺さんの目は鳥か昆虫のようにキョロキョロと忙しなく動きまわっており、気味が悪いのを通り越してどう見ても異常だった。
直感的にこれはまずいと思い、「やべえ、逃げろ!!」と脱兎のごとく走り出し、入り口を目指して逃げまくった。
逃げている途中、さっきまでは自信満々だったKが突然「うわあ!うわあああ!!」と悲鳴を上げた。
Kの視線の先を見ると、10mくらい先のところに変なモノがいた。
そこには逆さまの男がいた。そいつは頭で地面に立っていた。
もう、そうとしか言えないほどに頭が足なのだ。
本来頭があるべきところに足があって、地面に頭を乗っけて、歩くくらいの速さでススススススー、と動いていた。

 

後頭部をこちらに向け、逆さまのままでそいつは迫ってきた。
逆さまの体がスススススーと動くたびに、周りの木々が『バキッ、バキバキッ、バキッ!!』と音を立てて揺れ出し、葉っぱや木の枝が大量に落ちてきた。
それと同時に耳鳴りがキーーーンとして、頭が強烈にガンガン痛み出した。
逆さまの男はその間にもススススーとこっちに向かって近づいており、うちらは発狂したり大泣きしたりしながら森の中の道を出口を目指してひたすら猛ダッシュで駆け抜けた。
決して後ろを振り返らず、無我夢中で走り続けた。

 

なんとか森を出ると、10人以上いたメンバーが6人しかいないことに気付いた。
Kや、セミの兄さんもいなかった。
「どうしよう、俺はもうあの森に絶対に入らんし、でも、母ちゃんとか心配してしまうし…」
誰かがそう言うと、皆沈黙してしまった。
結局、各々自分の家に帰って親に話をして、その日のうちに警察の捜索が始まった。
いくつかの質問を受けた後、もう遅いから早く寝なさいと言われ、それに従った。
その夜はなかなか眠れず、逆さまの男の姿と、おかしな爺さんの姿が頭の中でぐるぐる回っていた。

 

そしてふと気が付いた。似ていた。確かに似ていた。
逃げている時はパニック状態でほとんど意識できなかったが、
さっきの逆さまの男の後頭部とか、服装とか、体格とか、セミの兄さんそのものだった。

 

翌日学校に行くと、昨日はいなかったメンバーの全員が来ていて、ほっとした。
しかし隣町の団地の男子1人とセミの兄さんが未だに見つかっておらず、警察の捜査が続いているそうだった。
途中ではぐれたメンバーに昨日のことを聞いてみると、
「うちらも見たわ。やばいと思って奥のほうで隠れながらいつ逃げようかって悩んでて、でもセミの兄さんがここにいろって言うから、警察の人が来るまでずっと隠れてた」
警察が来た時にはセミの兄さんの姿はどこにもなかったそうだ。そしてKの姿も。
ただ、問題の「首なし地蔵」があった所には、首がない5体の地蔵の後ろのほうの地面に大きな穴が空いていて、その中に何十枚にも及ぶ大量の赤い頭巾が放り込まれていた。
その赤い頭巾に埋もれるかのようにして、穴の底から小柄な老人の腐乱死体が見つかった。
死後1ヶ月は経っていたらしく、栄養失調による衰弱死との事だった。
俺はあの時セミの兄さんと入れ替わるようにして現れた、変な目つきの爺さんのことを思い出した。
キョロキョロとした目つきとその異様な雰囲気はあまりにも異常だったので、今でも忘れられない。

 

結局、Kもセミの兄さんもその後見つからず、警察の捜査もいつの間にか終わっていた。
俺らは隣町の団地の山には二度と近づかず、首なし地蔵のこともいつしか忘れていった。

 

それから10年ほど経ち、小学校の同窓会に呼ばれ久々に地元へ戻ることとなった。
そこで偶然にもあの時一緒に団地の山へ行った友達に出会い、恐ろしい話を聞いた。
なんと、あの後Kもセミの兄さんも見つかったというのだ。どちらも死体で。

 

俺が就職と同時に地元を離れて間もなく、住宅一棟全焼、焼け跡から家族全員の焼死体が見つかるというニュースが地元で流れた。
その住宅というのがまさしくKの家で、Kを除く家族の人たちは皆、リビングルームで亡くなっていたらしい。
しかし、火元を調べているうちに家の床下からもう一体の遺体が出てきて、その遺体がKのものであると分かったのだ。
他の家族の遺体とは異なって完全に白骨化しており、しかも床下からはハンカチサイズの真っ赤な頭巾が何十枚も出てきた。
首なし地蔵の後ろの穴に入っていた頭巾と同じように…。

 

そして、ほどなくしてセミの兄さんの捜索が再開され、例の団地の山奥でセミの兄さんが見つかった。
俺たちは全く気付かなかった事だったのだが、実は首なし地蔵のある場所の近くから小道が伸びており、
その先には小さな祠があったのだ。
その祠には赤い頭巾を被った一体の地蔵が祀られており、お供えものなどが置いてあった。
セミの兄さんは、祠のすぐ近くの草むらの中から見つかった。

 

セミの兄さんの遺体の様子については、現在も捜査が続行中ということで詳しいことは教えてもらえなかったらしい。
ただ、「着衣した状態で白骨化していた」「他殺と認められる形跡があった」ということは確かで、
その友達は警察から不愉快な質問を色々と受けたようで、心底うんざりした様子だった。

 

俺はセミの兄さんがあの日、「ちょいとションベン」と言って木陰に入っていってしまったのを最後に、二度と見ていない。
でも、多分セミの兄さんの死体は逆さまの姿で見つかったのではないかと思った。
あの時の、逆さまの男の後頭部が、服装が、体格が、一緒に遊んでもらった兄さんの姿そのままに、今でも目に焼きついているから。

 

 

以上が自分が体験したことの全てです。
不可解な部分が多いのですが、その時一緒にいた友達のほとんどは自分も含めて地元を離れてしまったので詳しいことは分かりません。
首なし地蔵は今でもそのまま残っているそうですが、たまに和菓子などのお供えものが置いてあるという事です。
あと、しばしば自殺者が出ているという話も聞きました。
いずれにせよ、もう二度と、あの場所には行くことはないと思います。

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