僕らが低脳児だって!!
教師生活の最初の日、私の授業は何ら問題なく進んでいました。‘教師は楽な仕事だ’とそれまで私は思っていました。そして、その日の最後の授業になりました。
教室に向かって歩いてゆくと、“バーン”という物が壊れるような音が教室から聞こえてきました。教室に入ると、一人の少年が他の子を床に押し付けていました。
下になっている子が叫びました。
「よく聞け、この低脳児!!俺はお前の妹にいたずらなんかしてない!!」
上にのっかている少年が、殴りかかりながら威嚇しました。
「妹にいたずらするんじゃないぞ。わかったな。」
私は二人に、すぐに喧嘩を止めるよう命令しました。その瞬間、教室の子供たちの視線が一斉に私の小さな体に注がれました。私が頼りなく見えたのでしょう。二人は私と相手を見ながら、自分の席に戻ってゆきました。同時に男の先生が廊下に現れて、教室の中を覗き込みながら生徒たちを怒鳴りました。
「お前ら黙って席について、先生の話を聞け!!」
その瞬間、私は一度に力が抜けてしまいました。私は準備した授業を始めようとしましたが、向かい合っている生徒の顔を見つめるのが精一杯でした。授業を終え、喧嘩をしていた二人に残るよう言いました。その内の一人をマークとします。マークは私に、
「先生、時間の無駄だよ。僕らは低脳児だから。」
そう言いながら、教室から出て行きました。
その言葉を聞き、私は力なく椅子にばったりとへたり込んでしまいました。私がこれから先、本当に教師をやっていけるのか不安な思いで一杯になりました。‘本当にこのままでいいのだろうか?’私は自分に問い掛けました。‘あと、一年間だけ頑張ってみよう。どうせ来年の夏には結婚をするんだし、そしたらもっとやりがいのある仕事をしよう。’そう心の中でつぶやきました。
「あいつら、大丈夫でした?ちゃんと言う事聞きました?」
授業を終え職員室に戻ると、さっきの同僚教師が聞いてきました。私がコクリとうなずくと、
「心配ないですよ。あいつらのほとんどが、こないだの夏休みに補習授業をした子供たちだから。14人しか居なくて、多分みんな卒業できないんじゃないかな。だから、先生も彼らに関わって時間を無駄にしないほうがいいですよ。」
「それは、どういう意味ですか?」
「あいつらはみんな、バラック小屋住まいの子供たちなんですよ。みんな移民労働者、貧しい家の子供たちなんですよ。あいつら、気が向いたら学校に来るらしい。床で下になっていた子が、えんどう豆を採りに行った時にマークの妹をいじめたらしい。昼休みに私がよくよく言って聞かせなければいけなかったんですが。何はともあれ、やつらはガンと一発言ってやらないとダメですよ。もし問題を起こした奴がいたら、私のところにつれてきて下さい。私が言ってやりますから。」
家に帰る準備をしながら、‘僕らは、低脳児なんだ’と言った時のマークの表情が忘れられませんでした。‘低脳児’その単語が私の頭の中をぐるぐるとかけめぐりました。私自身、何かわからないが確固とした決断を下さなければと感じました。
次の日の午後、私はその男性教師に‘今後は、私の教室に顔を出さないで欲しい’とお願いしました。私のやり方で、子供たちに対処しようと考えたからです。教室に入り子供たちひとり一人を眺め渡しました。そして、私は黒板に‘スニーズ’と書きました。
「これが先生の名前です。なんだか分かる人。」
子供たちは、変な名前、こんな名前を聞いたことがないと言いました。私は、再び黒板に向い、今度は‘ジェニーズ’と書きました。子供たちの何人かが声に出して読んで、面白いという表情で私を眺めました。
私が、
「そう、先生の名前はジェニーズよ。先生は子供の頃、文字を学ぶのに問題がある、‘乱読症’と呼ばれる病気の子供だったのよ。学校に通うようになっても先生は自分の名前もまともに書けず、単語の発音も出来なかったの。数学に至っては、私の頭の中を数字が泳ぎまわっていたのよ。だから、先生も‘低脳児’というラベルを貼られたの。でも、それは正しかったわ。先生はね、‘低脳児’そのものだったから。今でもその恐ろしいあだ名が私の耳に聞こえて、今だに恥ずかしくなるの。」
そう言うと、その中の一人が聞いてきた。
「だったら、どうやって先生になれたの。」
「それはね、先生がそのあだ名を嫌だと思ったからよ。それとね、覚えるのが大好きだったからよ。だから、先生はみんな頑張れば出来る子ばかりだと信じているわ。もし、みんなの中で‘低脳児’というあだ名を好きだという子がいたら、たった今から、このクラスの子じゃないわ。どうぞ、他のクラスに移ってちょうだい。いい、この教室には今から‘低脳児’は、一人もいないのよ。」
私は続けて、言った。
「先生は今から、あなたたちに厳しくするわよ。あなたたちが本来の姿になるまで、これでもかというくらい学ばせるつもりよ。あなたたちは、絶対に全員卒業して、そのうち何人かは大学に入ることを先生は願うわ。冗談なんかじゃなくて、約束よ。先生は二度とこの教室で‘低脳児’という単語が飛び交うの聞きたくないわ。先生の話、分かりました?」
子供たちは姿勢を正して座り直しました。
その後、私たちは一生懸命に勉強しました。時間が経つにつれて私がした約束の可能性を見出すことが出来ました。特にマークは、とても聡明でした。ある日、私は廊下でマークが他の子供に次のように言っているのを聞きました。「この本は、本当に良い本なんだ。僕たちの教室では幼稚な本はもう読まないんだ。」
何ヶ月が、瞬く間に過ぎてゆきました。子供たちは本当に見違えるほど、良くなりました。そうした、ある日マークが言いいました。
「でも先生、まだ他のみんなが僕らを見て‘馬鹿だ’とからかって来るんだ。僕らがまともに言葉をしゃべれないから。」
それは、まさに私が待ち望んでいた瞬間でした。これをきっかけに猛烈に文法の勉強に取り掛かることが出来ました。子供たちがそれを望みだしたからです。
7月が足早に近づいてくるのが、恨めしかった。子供たちは多くのことを学びたがりました。子供たちは、もうすぐ私が結婚して引っ越すということを知っていました。前の学期に私が教えた子供たちは、その話が出るたびに動揺していました。私は、子供たちが私に好意を抱いてくれていることが嬉しかったが、反面、私が学校を離れることに対してやるせない思いをしているかも知れないとも考えました。
最後の授業の日、学校の建物の中に入ると、校長先生が私を待ち構えていました。 校長は厳しい表情でこう言いました。
「ちょっと、私についてきてもらえますか。先生の教室で問題が起きました。」
校長は、真っ直ぐ前を向いて廊下を歩いてゆきました。‘今になって、一体どうしたんだろう?’私は胸がどきどきしてやみませんでした。
教室に到着して、私は唖然としました。教室の隅々にまで隈なく花が飾られていました。子供たちの机やロッカーにも花束がたくさん飾られていて、私の教卓の上にも大きな花輪が置いてありました。こんなたくさんの花を一体どうしたんだろう。私は、不思議でした。子供たちのほとんどの家が、あまりに貧しくて、着るものも食べ物も学校の援助無しではやっていけない程だったからです。私は感動の涙が止まりませんでした。子供たちも、一緒になって泣きました。
後になって、私はどうやってそれを準備したのかを知りました。週末ごとに花屋でアルバイトしていたマークが、準備したものでした。自尊心が高く、貧乏人という侮辱的な言葉が聞きたくなくて、マークは花屋の主人に店にある‘売り物にならない花’を全部貰えないかと頼み込みました。更に彼は市内のすべての葬儀社に連絡をして、大好きな先生が学校を辞めるのでたくさんの花が必要だということを一生懸命に説明しました。葬儀社の人たちは、毎回葬式が終わると使った花を集めてマークに与えました。
しかし、彼らが準備してくれた贈り物はそれだけではありませんでした。二年後、14名の子供たちはみんな無事に卒業をして、その中の6人が大学の入学資格を得ました。
それから28年過ぎた今、私は始めて教師生活をはじめたところからそう遠くない学校で、他の子供たちを教えています。今いる学校は、伝統のある有名校です。
私は、マークが大学の同級生と結婚し、事業で成功しているということを知りました。そして、偶然にも3年前にマークの息子が私が教えた国語の優等生でした。
ときどき、私は教師として足を踏み出したその日の最後の授業を思い出しては、可笑しくなります。教師を辞めて、他のやりがいのある仕事を見つけようと思ったなんて!!
<’チキン・スープ’より>
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